2011年09月17日

あれから半年

東日本大震災からちょうど半年が経ちました。
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9/4、11と二週に渡って週末に陸前高田を通って大船渡へ行ってきました。
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陸前高田へ南下する途中、気仙川沿いを下ってくるとまだ街や海が見えてこないのに川沿いの木々が枯れていることに気が付きました。
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ここは気仙川河口から約6〜7キロも津波がさかのぼってきた地域でした。



たまたま農作業をしていたおばあちゃんに声をかけてみました。
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津波は道路すれすれまであがってきて、「まるで川が海のようだった」とのこと。
畑は完全に水没して、瓦礫だらけだったそうです。
8月には藪から警官の方のご遺体が見つかったそうです。「お盆前でよかった‥‥」としみじみ語っていただきました。


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ボランティアなどの力も借りてようやく片付いたのは、比較的最近だったようです。
「大根の種蒔いてみたけど、どうなるかね〜。いちおう芽が出てきたけどね」と、一見整然とした姿を取り戻したかのような畑も塩害で作物が育つかどうか、不安と期待が入り混じったご様子でした。

どうか枯れずに育ちますように‥‥。



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被災後、陸前高田のシンボルとなった一本松。

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間近では見れなかったため、対岸に車を止めて歩いて堤防の上に行くと、しばらく前に誰かがお供えしたような跡がありました。

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とまった時計の針は、津波の到達時刻だったのでしょう‥‥


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3年前の夏にグループホームのみんなと海水浴とバーベキューをしに来た海沿いは、あとかたもなくなっていました。

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それでも少しずつ復興へ。
木材を細かくチップに処理する建機が持ち込まれ、稼動していました。



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向かった先は、大船渡市の末崎地区。
9/4は中学校のグラウンドにある仮設住宅へ。
体育館を衣服や食器など支援物資の配布会場にさせてもらいました。

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今回も、北上・さん食亭(こけめ農園)のメンバーと協働して支援バザーとたすきバックの配布会を行いました。アイスをごちそうになりながら、記念撮影。

いままでにない規模(200人以上)での配布会だったため、混乱や不平がないかと心配でしたが、地元の方々の主導がきちんとしていて大勢の方に利用していただくことができました。


その場で「うちの仮設にも来てほしい」と声がかかり、すぐ近くの小学校にある集会場を訪ねました。
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子どもたちのにぎやかなこと!!(※ここに子どもたちとたわむれている銀河の職員がいます。どこでしょう?)


ここの集会場で、9/11に配布会を行いました。
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遠目には穏やかな海が眼下にひろがるのどかな末崎地区も、浜の前にあった集落は壊滅的な被害を被りました。


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大船渡へ向かう帰路。
地盤沈下で漁港の岸壁が海面すれすれになっていました。満潮時は道路も冠水しそうです。


震災後、初の大船渡の景色。
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高台と湾が入り組んでいる大船渡は、他より瓦礫の撤去が進んでいないようにみえました。



対岸の赤崎地区に寄り、被災して1階が冠水した建物を片付けて「復興さんま」の箱詰めを再開された、森食品の代表の方に会ってきました(たすきプロジェクトの代表・堀内さんからの紹介です‥‥写真なくてすみません)。海に生きる粋な男っぷりを垣間見させていただきました。

後日、さっそく水揚げされたばかりのさんまを注文して送っていただきました。
里の職員や利用者さんみんなの口に届きました。新鮮で旨い!!


今後も復興していく姿を伝えたり、自分達にできる支援やいろんなかたちで活動のお手伝いなどできたら‥‥と思っています。

あらためて犠牲になられた方々のご冥福をお祈り致します。


【ワークステージ ささきてつや】
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2011年08月03日

7/31 区切りと始まり

7/31 大槌
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あれから4ヶ月以上経ちました。
3/24に撮った、同じ場所です。
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人間や機械の力って、凄い。

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瓦礫も防波堤代わりなのでしょうか‥‥気がつけば山になっていました。


お手伝いさせていただいた避難所も、仮設住宅へ皆さん引越しすることとなって最後のバザーが行なわれました。
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これまでのメンバーに加え、ご近所の仮設住宅から集まってきた方も。北上のこけめ農園さんの仲間たちと一緒にたすきバックもお届けしました。こけめさんから借りてきた、植木運搬用の幌付きトラックは棚もあって便利だなぁ〜。

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ちょっと声かけが遅れてしまったけど、最後まで残ったメンバーの方々を撮影させていただきました。写っている皆さんに写真、必ずお渡しします!


波板海岸 上の住宅地。
食堂&民宿を切り盛りしている女将さんが自宅の一部を開放して、近隣の被災された方々に支援用品を配布する場となっています。
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賑やかで、いい笑顔!


帰路、はじめて駅をみました。
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作動してない踏切に入り、ふと線路をみると‥‥草が伸びていました。
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復興していく場所と、まだまだ先のみえない場所があることを感じ、茫然としていたら、踏切のすぐ前にあるお宅のおばさんと目が合いました‥‥

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「あれっ、この前お会いした‥‥!!」
前回お届けしたときに、受け取ったたすきバックに感激して「手紙を書きたい」とわざわざご自宅から会場に戻ってきて気持ちを伝えにこられた方でした。今回も受け取ったそうで、会場では気づかなかったので思わぬ嬉しい再会となりました。

「鉄道が来なくなったから、線路に草が生えちゃったんですね」と言うと、
「草を刈り始めたんですよ。ほら、手前のほうから。どんどんすたれていくのが辛くてね‥‥」と。

津波は、いまおばさんが写真を撮らせてもらった足元まできたそうで、ただ立ち尽くすしかなかったそうです。津波のあと、すぐに炊き出しに加わり、親戚などを頼って避難してきた方々を受け入れてきました。
少しずつ近所の方と始めたという線路の草刈り。奥から先の線路は無くなったままです。
いつ復旧するのか、同じ場所に再建されるのか、まったく先がみえなくても鉄道がいつ来てもいいように、その日を信じて動かずにはいられないようでした。


波板海岸から
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吉里吉里へ
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橋の柵は海側に傾いていて、引き波の勢いの凄まじさを物語っています。

45号線沿いにある、再開した「仮設コンビニ」。
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解体した建材から釘や金具を抜き取って薪用として袋詰めされて全国各地に販売している、「復活の薪」プロジェクト http://kirikirikoku.main.jp/ が、今もまだ避難所となっている中学校の脇で行なわれています。
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注文に生産が追いつかず、ほんの少しの時間だけでもよいから釘抜きなど手伝ってほしいと、ボランティア募集しています。


支援に感謝し、自立して再生していこうという想いをあらわしたのぼりや看板が、道の至るところからみえました。
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大槌は「ひょっこりひょうたん島」のモデルとなった蓬莱島のある地域。夕方の時報に町内放送で流れる主題歌の歌詞そのままが、想いとなっています。

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釜石から遠野へ戻る国道沿いには、地域住民の気持ちをことばにした看板が等間隔に立っていました。

そういえば6月頃だったか、支援活動の帰り道に釜石の市街地の橋のたもとに「支援に感謝します」という内容の横断幕を両手にもって通り行く車にひたすらお辞儀をしている方がいました。

目頭が熱くなりました。

震災前までは道沿いの看板や垂れ幕に、あるいは歓楽街や住宅展示場の看板持ちの人に感動を覚えることなどなかったけれど、こういった気持ちの表わし方に自然とこみ上げてくるものがあります。


被災された方々の仮設住宅への移動とともに、物資提供という支援の第一段階はひと区切りを迎えました。けれど、復興への道のりはまだまだこれからだと思います。

新たな正念場を迎えるなか、どういう支援のお手伝いができるか‥‥私たちも考えながら模索して、今後の復興への一助になりたいと思っています。

ということで、8/7(日) 銀河の里の夏まつりでは、純利益のすべてを被災地への支援活動資金に還元します!
当日は復興支援ブースを設けて被災地を直接応援できる商品や活動なども紹介します。もちろん毎年好評のバザーで掘り出し物や、里でつくられた野菜を使ったカレーやおなじみの餃子&焼売も味わったりと、楽しんでもらえます。
さらに花巻中学校ブラスバンド、銀河さんさ隊によるさんさ踊り、そして5月にも来て熱い演奏を魅せてくれた「TAYUTA(たゆた)」のライブが行なわれます!

ぜひぜひ、遊びに来て覗きにきてください!
無理なく、ときに楽しみながら、できる支援やお手伝いをご一緒しませんか?

お待ちしてます!


【ワークステージ ささきてつや】

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2011年07月28日

地域がつながるとき

昔はつながりの深かった農村地域も、今や兼業農業で普段のお勤めがあったり、各自で機械を用意して作業したりと、みんなで集まって共同・協働で助け合ってきた暮らしが失われつつあります。

そんななか、地域の行事・祭事はみんなを結びつけ、つながりを再確認させる大きな存在となっているように思います。
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銀河の里の近く、八雲神社の例大祭が7月14〜15日に行なわれました。
その事前準備での旗揚げ。

みんなで声をかけて「せえのっ!」で旗を揚げる作業は、なかなか賑やかで活気があります。
片付けも、終了後神社の祭壇の前に参加したみんなが集まって神主さんのお祓いとともにしめやかに報告が行なわれました。
みんなの手で支えられ、引き継がれている祭事(「お祭り」ではないのです)だということを実感できたひとときでした。

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80歳代のおじいさんも、まだまだ現役!!
ひょいっと旗を支える柱の上に上って縄をしばります。
その姿も、下りたあと頭に巻いたねじり鉢巻姿も粋で、カッコよすぎです。

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強烈な暑さのなか境内は不思議と涼しく、鎮守の森に守られていました。
身近にある、協力して大切にしていきたい場所です。


7/10 大槌
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声かけして集まってくれた職員有志と夏物衣料など届けたり、避難所まわりの消毒作業などお手伝いさせていただきました。

祭事もままならない被災地では、避難所や地域の橋渡し役となっている方の自宅を開放した場所が、地域を結びつけ、つながりを再確認できる場所になっているように思えました。

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子どもたちと、にぎやかに和むひととき。

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厳しい暑さも、夕暮れ時には清々しく神々しいひとときを与えてくれます。

助け合って、この暑さを乗り切っていきたいです!


【ワークステージ ささきてつや】
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2011年06月29日

あっつい梅雨 〜 6月の田畑作業・活動ダイジェスト 2 〜

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今年は梅雨入りが遅く、それまでは空梅雨であっつい日が続いてました。
‥‥と思っていたら、どしゃぶりの雨が続いたり、また晴れたり‥‥と何だかめまぐるしいです。


そのかわり外作業ははかどりました。

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さつまいも植え(正確には5月末でした)

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ねぎ苗の植付

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じゃがいもの土寄せ。トッシー君が頑張ってくれました。


味噌や枝豆用の大豆も植えました。が、なんか芽の出かたが悪いなぁと思っていたら‥‥
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畑に痕跡を発見!! 喰われておりました(涙)。よぉく観察していると‥‥犯人は、キジバトたちでした!(怒)
蒔きなおししなければ‥‥。


思わぬ出会いがありました!!
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道路を横断したりして、たまにTVでほのぼのとしたニュースにもなる、カルガモ親子たちが銀河の田んぼに!! 子ガモたちが成長するまで安心して住みついてくれるとよいのですが、草刈りや薬・肥料まきなどの作業はやりづらくなりますね‥‥。


さらに、再び神戸から
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被災された方に夏物の衣類や日用品を詰め合わせた、たすきバック(夏バージョン)が銀河の里に届きました。
ドライバーの高柳さんは、勤め先のヤマト運輸の休日を利用してこれまでに何度も被災地や避難所に支援品を届けていらっしゃいます。運搬するトラックを無償で貸出してくれる会社の取り組みにも感謝です。


その日はさらに珍しい方が‥‥
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懐かしいチャルメラの音が近づいてくるなぁと思ったら、たまたま道を間違えたそうで(笑)。注文してもいいと言ってくれたので、いただきました。
味のある車とラーメン、美味しかったです!! 幻でなく、また来てほしいです!



それにしても‥‥
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暑いです。タビもシマもぐったりです。こっちもぐったりと寝転びたくなります(笑)


梅雨入りするまでは湿気も少なく空は澄んで、夕焼けや夜空もまるで秋のようでした。
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田んぼの水見帰りに、思わず立ち止まってしまいました。

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満月、明るかったです。



6月26日 大槌
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仮設住宅の建設が進んでいます。仮設としては外装もおしゃれ!

7月中旬までに約2000戸分の仮設住宅が出来上がり、入居可能になるようです。

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さっそくたすきバックを届けてきました!
前回届けて喜んでいただいた方が多く、今回も「楽しみにしてました〜」と賑やかにバケツリレーしました。少しでも生活のお役に立ててもらえるなら、なによりです。

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梅雨入りした大槌の町並みを一望。
中心地は片付いてきましたが、少しでも外れるとまだまだ瓦礫の山です。
漁港の周辺は倉庫から流出した魚の腐敗臭がすさまじく、ますます暑くなるとともに避難所や仮設住宅での暮らしの衛生面が課題となっていきます。


まだまだ支援の手を必要としています。
ボランティア、支援物資、募集してます!!
関心ある方は、下記をご参照ください。


《被災地の近況や、必要としているものは》
◎たすきプロジェクト ‥‥阪神淡路大震災をきっかけに神戸から立ち上がったNPOです。
             たすきバックに詰める贈り物を全国から集めています。
                 http://117kibounoakari.sblo.jp/

◎さん食亭・こけめ農園日記 ‥‥岩手・北上を見下ろす高台にある農園とレストラン。
                積極的に被災地に必要なものを届けています。
                 http://ameblo.jp/cokeme/

◎バイオディーゼルアドベンチャー‥‥てんぷら油などの廃油を燃料にした車で、精力的にユニークな支援活動を展開、詳細な状況をレポートされています。
山田周生さんのブログ   http://biodieseladventure.com/japanese/index.html

◎天然酵母パン屋 √s(ルーツ) ‥‥岩手・石鳥谷にある、味のあるしっかりしたパンを焼いてます。化粧品など女性の視点からの支援を行なっています。
 焼き人の小さな小さなつぶやきブログ http://blog.goo.ne.jp/panya_roots


《支援物資・ボランティア活動の募集》(上記ほか)
◎遠野まごころネット ‥‥約50もの団体が行政と組んで、岩手沿岸を中心に広域に活動を展開。瓦礫撤去からイベントの手伝いまで多岐にわたる活動に、個人でも参加できます。併設されている体育館に男女別の宿泊スペース有り。
                   http://tonomagokoro.net/


【ワークステージ ささきてつや】
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2011年05月06日

被災地の春 2

4月28日夕方、遠方から見慣れない車がやってまいりました。

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産業廃棄物運搬用の、アームロール車。車体から荷台の脱着が自在にできます。

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神戸でのトラック購入の思わぬ縁でつながることとなった、被災地への支援を行なう「たすきプロジェクト」。今回新たに神戸から支援品を積んで、猪苗代の避難所を経由してから当地へ来てくれた、谷田優一さん。本業は北川組というリサイクル業で、NPO「未来の環境を考える会」にも取り組んでおられます。

運送ボランティアは今回で2度目とのこと。残念ながらとんぼ帰りしなければならないとのことで、ほんの少ししか話せませんでしたが、情熱ある面白そうな方でした。一期一会の楽しさ、つながりに感謝です。


彼から預かった“たすきバック”は、5月4日に前回訪ねた大槌や新たに山田町の避難所などに届けてきました。

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連絡先や必要なものなどを聞く事ができたので、つながりを深めていけたらと思っています。
もっと自然に笑顔や笑いがこぼれるような関わりやお手伝いができるときまで、写真は控えることにしました。

要望として、春〜夏向けの普段着(長袖の薄着など)・ジャージ、男性用M〜LLの作業着、ベルト・安全靴・長靴・普段用のシューズ、皮手袋・耐油・耐水手袋、帽子など、主に外作業に必要なものが挙げられました。他に日焼け止めや化粧品、礼服などもあれば助かるとの声や、仮設住宅や避難所の統廃合に伴う移動などにも持ち運び・整理しやすい衣装ケースなどが、便利なようです。そして何より、非常食やインスタント・レトルト食品が中心の食事による栄養の偏りが各地で問題となっていて、生鮮野菜や柑橘類などが重宝されています。

狭い避難所暮らしでは個人の所有物を置けるスペースも限られていて、見通しの立たないなか長期にわたる生活で精神的負担や苦痛も相当なはずです。できる範囲で継続した支援を行なっていきたいと思っています。
上記の物品(洗濯してあり汚れ・染みのない上着以外は、極力新品で)提供やお手伝いなどできる方は、ご連絡いただければ幸いです。


【ワークステージ 佐々木哲哉】
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2011年04月24日

4/24  被災地の春

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先週神戸から預かった被災地への支援ギフトを届けるために、大槌を訪ねました。
小雪の舞うなか訪ねた3月27日から、1ヶ月ぶりの沿岸へ。

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道路や瓦礫は所々整理が進んでいましたが、まだまだ途方もない量がそのままとなっています。瓦礫の山となってしまった町に生き残った桜が青空の下、満開でした。なんという光景だ‥‥どう表現したらいいのか‥‥痛々しいだけに、いつもより美しいと思ってしまう。

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大槌川を上った山あいの金沢地区にある、旧金沢小学校に行きました。
子供たちが賑やかに遊んでいました。絵の描かれた“たすきバック”に集まってきました。
ここを含めて3つの避難所を管理する、穏やかな倉堀さん(集合写真 中央後ろ)に約50個ほどお渡ししました。
陽気なおじさんが、「酒飲んで花見だなぁ〜」とおどけると、子供たちから「ジュースでしょ!」と突っ込まれていました(笑)。

山あいの場所だけにまだまだ寒く、長い避難所生活。
それでもあるお母さんが「このままずっとみんなでいたい」と言ったのが心に残りました。

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魚市場のあった海辺にある赤浜地区を訪ねました。
テレビや新聞で見たことのある、信じがたい象徴的な光景がそこにありました。

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赤浜小学校の校庭は桜が満開。眼下に穏やかな海が見渡せます。
漁師さんと思われる風格ある男達が対策本部の前で海を眺めていました。

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「あっちにも届けてほしい」と言われて、小学校から少し離れた旧・児童館にもお邪魔しました。
さすが海のある暮らしに生きる女性たち、「かっぽうぎが欲しい!」とたくましく明るい方々ばかりでした。津波の恐怖を目の当たりにして命からがら逃げて大変な思いをしてきたはずなのに笑いが絶えず、かえってこちらが元気をもらいました。


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帰路、釜石の港のすぐ上にある石応寺脇の避難所となっているホテルへ。
衣服は足りているとのことでしたが、知っている人に渡したいと何個か喜んで受け取っていただきました。
震災を経験した神戸ならではの取り組みだと、感心していました。

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道すがら立ち寄った釜石市栗林地区では、震災後いち早く北海道のNPO団体「ねおす」の方々が現地入りして継続的に活動を展開していました。自然体験のツアーや環境教育を実践している団体です(写真上)。

そして今回、避難所の情報提供や道案内を協力いただいたのが、「バイオディーゼルアドベンチャー」というグループです(写真下 右のお二人)。家庭から出た使用済みの食用油を回収しながら車内に積んだ小型の精製装置で燃料を自ら移動しながら作り、化石燃料を使わずに地球一周を目指すプロジェクトを実践しています。日本1周中の岩手で大地震にみまわれて以来、当地にとどまって連日被災地の避難所を回って必要な物資を届けています。銀河の里の隣町、東和にて持続可能な農業や暮らしのデザインを追求している「ウレシパモシリ農園」の酒匂さんのブログから「バイオ〜」の活動を知って連絡したところつながって、わざわざ夜に銀河の里まで来て話を聞いていただき、協力してもらうことになりました。

ともに自然と深く関わって、自然との共生を掲げて活動している人々だけに、非常時の迅速的かつ的確な生活術・技術的対応や、弱い立場の人々へのまなざし、多くの人に関心をもってもらうためのコミュニケーションの取り方など、さすがだなぁと思いました。特に「バイオ〜」の代表の山田周生さんは世界を股にかけて旅して、多様性ある民族や自然を見てきた人です。詳細かつセンスのよいブログを見ていると、集まってくる仲間も個性派、強者ばかりで熱気にあふれている感じがします。神戸の「たすきプロジェクト」代表・堀内さんも然り、仕事も生き方も国境や職種の枠を越えて活動している人には、集まってくるメンバーや物も良い意味でボーダレスだなぁと感じました。


避難所に行くと、活動を報告するためにも写真に一緒に写ってもらうことをお願いするのですが、みなさん長い避難所生活で疲れきっているはずなのに、快く応じてくれました。ありがとうございます。
今後もできることを継続してお手伝いしていきたいです。希望の春となることを願うばかりです。

【ワークステージ ささきてつや】
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2011年04月20日

神戸へ

4月16日夜〜19日早朝まで、強行軍で神戸に出かけてきました。

主に銀河の里の農作業に使うトラクターや田植機・コンバイン、バックホーなどの建機を積み込めるトラックを神戸にある業者さんから新たに購入することとなり、今まで使ってきた小さめのトラックを下取りに出すうえに陸送費を抑えるために、理事長と私で神戸まで自走することにしたのです。

神戸まで片道約12時間かかりました‥‥東北道は特に岩手〜仙台間が震災の影響で凸凹が激しく、しかもきゅうくつな車中の2tトラックでの移動はヘトヘトでした。

なんとか無事に神戸に着きました。あとはトラックを引き取るだけ‥‥
でも、ただ空荷で帰るのはもったいないと思い、宿泊先のホテルのロビーにあったパソコンで
「運送ボランティア 神戸」などと検索してみたら‥‥
募集しているところがあったのです!

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それはホームスタジアム神戸の一角にありました。
トラックを引き取った後、運よく近くにあったので連絡が取れてすぐに行くことができました。

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「TASUKI PROJECT(たすきプロジェクト)」とは、16年前の阪神淡路大震災の際に結成された「がんばろう神戸」が発展したNPO法人「1.17希望の灯り」が立ち上げたプロジェクトです。

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被災された方々に、支援“物資”という“モノ”ではなく、個人個人へ衣類を中心に想いの込められたささやかな“贈りもの”を届けます。土のう袋(ダンボールなどは現地でゴミになる。土のう袋は現場でいろいろ使えます)だけどギフトなので、絵が描かれたりリボンがつけられています。手紙も必ず同封されます。

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全国から集められた支援品を、必要とするひとに確実に渡るよう、ここで仕分けを行なっています。
サッカーJ1のクラブチーム「ヴィッセル神戸」などのホームスタジアムでもありますが、スタジアムのご好意によって空いている部屋を借りて物資の受付所と作業場としているそうです。


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会ったばかりなのに、長く活動を共にしているような気になりました‥‥ほんの少しだけど一緒に作業を手伝って、一緒にごはんをいただきました。

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いよいよ積み込みです。買ったばかりのトラックが、数時間も経たないうちにしっかりお勤めです!


積荷は重くないけれど、想いは重い‥‥!
帰路は責任重大だたらーっ(汗)
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みなさんとの出会い、笑顔と情熱に、感謝と感激でした。顔と顔の見える関係を、こころとこころがつながる関係を、ともに築いていきたいです。この想いをのせた贈りものを被災された方々にしっかり受け取ってもらえるよう、たすきをつないでいきたいと思います。


長距離運転の疲れも吹き飛ぶ、思わぬ出会いのある旅となりました。
代表の堀内さんをはじめ「TASUKI PROJECT」のみなさん、そしてトラックの購入そのものからホテルへの送迎、周辺施設の案内など何かと便宜をはかっていただき大変お世話になった「V.I.P.トレーディング神戸」の溝口さま、大変ありがとうございました。

【ワークステージ ささきてつや】
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2011年03月31日

悲しみを乗り越えるために‥‥

先週日曜日、ワークステージ同僚の関さんの親戚がいる釜石への用事に同行させてもらいました。

震災から2週間以上が経過した、初めて見る被災地。
同じ釜石でも市街地の山側はライフラインが復旧して、燃料や物資の不足以外は徐々に回復への道を歩もうとしているように見えました。
が、駅より海側は一変して激しい爪痕が今も生々しく残っていました…それでも主要道付近は随分マシになったとのことですが…駅の周辺には感染病予防のための石灰が撒かれていました。

ご親族の方の自宅のすぐ近くまで津波は押し寄せました。幸い家屋への浸水や倒壊は免れて避難所から自宅への生活に戻ることができたそうですが、未だ電気は復旧せず水は山から引いたものを地域の方と共用して利用していました。
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海外からの救援隊が捜索した確認の印が、家の壁や車に所々スプレーされていました…

親戚の方の無事を確認して、少しばかりの灯油や生活用品を届けたあと時間ができたので、駅裏にある救援物資受付所に行き、銀河の里のお米を提供しました。巨大なテント内には大勢の人手や物資が集まっていました。担当の方は「野菜が欲しい」と訴えていました。また、隣接する災害ボランティアセンターを訪ね、わずかな時間でも何かできることがないか唐突に聞いてみたところ、オムツの引取り依頼があった店から病院への配送を手伝うことになりました。

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港に近い浜町は、あまりの被害に現実感がなくなって、失礼な表現ですがあたかも映画のセットのなかにいるような錯覚を覚えました。慌てて持参していた長靴に履き替えてヘルメットを被り、お店に押し寄せた1階のガレキの山の奥に2階から集め降ろしてあったオムツを車に積み込んで、何とか届けることができました。

夕方、再度港を見てまわりました。
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歪んだ鉄骨、奥にみえる倉庫やクレーンの損傷が、津波の凄まじさを物語っています。

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せり上がって傾いた岸壁と、破壊された魚市場

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あり得ないことに、大きな貨物船が完全に港に乗り上げて堤防を突き破って鎮座しています…

日没前、大槌にも行きました。
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町の一部は津波の後に火災に見舞われ、焦土と化してしまいました…

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波と瓦礫の衝撃で完全に曲がり折れたガードレールの支柱

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戦争を経験していませんが、町全体がほぼ跡形もない瓦礫と化した姿は映像や資料で見た大空襲の痕のようでした…

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本来ならば、この位置から海は見えないとのこと。沖の防波堤が崩れ、押し寄せた津波があらゆる建物を飲み込み、風景は一変しました…

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映像やニュースでは見ていたものの、実際に訪れて余りの惨状に何も言えなくなりました…。
簡単に「頑張ろう」とか「復興を」なんて言うことがはばかれるくらい、どこから手をつけたらよいのか分からない膨大な瓦礫の量です… 追い討ちをかけるように降る雪と寒さに「どこまで苦しめたら気が済むんだ!」と言いたくなります…


一昨日の岩手日報…陸前高田の空撮写真
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一昨年の夏、グループホームのみんなとバーベキューをして泳いだ高田松原の浜と松並木…跡形もなく流されましたが、奇跡的に1本だけ生き残った松の木があって復興へのシンボルとなろうとしているそうです…


瓦礫の撤去や町の再建、そして海の再生は長い長い道のりで先行きが見えないけれど、未来を信じたい…できることは限られていてもどかしくもあるけれど、まずは本業をおろそかにしないよう頑張って、できることは協力して現地にも足を運んでずっと見守っていきたいと、思いを強く持ちました。

【ワークステージ ささきてつや】
posted by ginga at 01:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 震災復興関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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